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「そのひとりのキャリアストーリー vol 11」 一般企業に勤務しながらバレエを活かした活躍をされている高田菜々さん

バレエを通した「そのひとりのキャリアのストーリー」をご紹介するシリーズ。

今回は、元バレエダンサーで現在はIT企業に勤務し、広報や採用といった人事を担当する等、
大胆なキャリアチェンジをされ、その傍ら、フィットネスジムのインストラクターとしても活動し、
更にその他趣味の分野においてもYouTuberとして人気の高田菜々さんです(以下、高田さん)。

幼少期からバレエを始め、プロの舞台で子役として活躍後、国内バレエ団にバレエダンサーとして入団。
退団後は未経験の一般企業へ勤務され、その他バレエを活かした活動や趣味など充実したライフキャリアを送っていらっしゃいます。

高田菜々さん

【高田菜々さん プロフィール】

神奈川県藤沢市出身

3歳からバレエを始め、4歳から小倉佐知子バレエスタジオに入会 

2003年 AMステューデンツに入所 (26期生)

2005年 牧阿佐美バレエ団「くるみ割り人形」クララ役で出演

新国立劇場バレエ団、牧阿佐美バレヱ団公演に子役として多数出演

2010年 牧阿佐美バレエ団に入団

入団以降全ての公演に出演

2016年 同団を退団

2016年3月 税務・会計事務所にて秘書・総務関連業務を担当

2018年 IT企業にて総務・採用・広報を担当

2020年 結婚を機に熱海に移住

2022年 Balletone Sole Synthesisを取得

東京のIT企業に勤めながら、熱海の女性限定フィットネスジムでバレトンのインストラクターを務める

YouTube「ネコがくる」を運営


【毎日レッスンがあっても楽しくて仕方がなかったバレエ漬けの子ども時代】

添田「今日はよろしくお願いします。高田さんのバレエ経歴、ざっくりと聞かせていただけますか?」

高田さん「私には姉がいて、姉の方が先にバレエを始めたんです。私もよく見に行って踊りを真似していたようで、3歳から始めました。

小学校4年生頃からコンクールに出させていただくようになって、中学生からは、牧阿佐美先生に直々にご指導いただける選抜クラスにオーディションで合格し、毎週日曜日に通っていました。

新国立劇場ですとか、牧阿佐美バレエ団の子役に出させていただくようになり、何も迷うことなく、バレエダンサーを目指し、18歳で念願叶って、牧阿佐美バレエ団に合格、入団し、24歳で退団しました。」

幼少期の発表会

添田「子どもの時に始めたバレエに夢中になって、実際にプロのバレエダンサーになりたいという夢を叶えられましたが、実際その道のりは楽しかったですか、それとも大変でした?」

高田さん「半々ですね。中学生ぐらいまではもう楽しくてしょうがなくて、勉強そっちのけでバレエばかりでした。」

バレエに夢中

添田「週にどれくらい、レッスンしていたのですか?」

高田さん「週5、6日です。コンクールの練習が始まったら毎日です。

その後、中学生から選抜クラスのAMスチューデンツに入れて、今まで見たことが無かったような上手な人たちと一緒にレッスンを受けるので、最初は圧倒されて委縮する部分もありましたが、そのタイミングで子役に出させてもらったことでもっと楽しくなりました。

バレエ団の子役

高校に入ると、学校生活が楽しくなってきて、お恥ずかしい話、レッスンに行きたくないとか、放課後に遊びに行きたくてレッスンをさぼってしまうこともありました。

又その頃、単純に食べ過ぎていたのですが、体型を維持するなど、すごく大変になりました(苦笑)。」

添田「今はほっそりされているからそんな悩みがあったとは想像がつかないのですが、身長はどうでしたか?」

高田さん「元々身長も低く食も細くて全然食べられなかったのですが、高校で休憩時間に友達と一緒にメロンパンを買うような生活をしていたらぶくぶく太ってしまって。

ただ身長は伸びました。

だから必要なことだったのかなと思いつつも、先生からは痩せなさいと言われるようになりました。

バレエ人生後半は体重維持、体型管理が大変でしたね。

辞めてから痩せたので、先生からもあの時は全然痩せられなかったのにねと言われて笑い話になっています(笑)。」

添田「女の子はそういう時期がありますよね。バレエ団に入っているときは充実されていましたか?」

高田さん「そうですね、バレエ三昧の生活で、朝からレッスン、午後から夕方はリハーサル。

地元に戻ってスタジオのレッスンを受けて、夜9〜10時頃に家に帰り、翌朝また9時からレッスン。この生活を繰り返していて、本当に充実していました。」


【幼い時から打ち込んできたバレエを辞めたきっかけは】

添田「充実していたんですね。それから24歳で退団されていますが、きっかけや理由はなにかありましたか?」

高田さん「一番の理由は、原因不明の病です。病名は、突発性難聴でした。

ある公演のリハーサル中にピアノの音がカンカンといつもと違った聞こえ方で、音が何重にも重なって聞こえるようになってしまって…

これはおかしいと思って病院を受診したところ、『ちゃんと休んで治さないと治らない病気だから』と言われました。」

添田「それは大変でしたね。突発性難聴は何か原因があって起きるものなんでしょうか。」

高田さん「原因不明という診断でした。多くはストレスらしいんです。

けれど実際の原因はもう確定できなくて。

その数年前から、バレエダンサーはすごく忙しくて、体力的な面と収入面でバランスがうまく取れず、長い目で見て自分には続けるのが難しく感じられ、どうしようかなとは思っていました。」

添田「”教え”はされていなかったのですか?」

高田さん「”教え”もしていたのですが、リハーサルが多かったりするとなかなかそのための時間は入れられなくて。」

添田「そうですよね。」

高田さん「バレエを辞めた時は24歳で、周りの友達も学生から卒業し、就職して自分の稼いだお金で生活し始めた時期でしたので、自分は長い目で見ていつまで続けられるだろうと悩むようになりました。

それが身体に現れてしまったので、最初は治すために休団させていただいたのですが、収入も途絶えますし、このまま親のすねをかじっていつまで生活するのだろう。と、休んでいる間に完治後をどうするか考えました。

また同じ環境に戻っても、もしかしたら再発するかもしれないし、それでは何も解決策になっていないなと思ったんです。」

添田「長期的に考えられたのですね。」

高田さん「休んでいる間に、スタジオの先生には『バレエ教室を開いたらどう?』とも言っていただいたのですが、

当時はビジネス的な知識もなくて不安でしたし、年齢的にも生徒の親御さんと対等にお話をすることもできないかもしれないと思ったんです。」


【全く経験のない世界へ。一から学ぶつもりでキャリアチェンジ】

高田さん「長い将来のことを考えて今のうちに、迷いながらも一般企業で普通の社会人として働くのも良いのではないかと覚悟を決めました。

最初は運よく父の知り合いの会計事務所で、ちょうど人が必要だということで入社できました。そこからが第二の人生のスタートでした。」

添田「どうでしたか?全く違う世界ですよね。」

高田さん「もうめちゃめちゃ面白かったです!何が面白いって、やっぱり初めて学ぶことが多くて、
何もかもが新鮮でした。

バレエダンサーは常に人に見られる職業ですし、周りからの見られ方に気を遣いましたが、
新しい職場では見られることが仕事ではなくなり、みなさんそれぞれの仕事に集中している。
周りの視線を気にせず、その場でいろんなことを勉強してアウトプットして、黙々とできるのが私には面白かったんです!

添田「ある意味自分らしくいられる、しっかりと歩いていく感じでしょうか?」

高田さん「そうです。自分で選択して、決めて、やる、みたいなところですね。」

添田「そこが魅力的と感じるポイントだったのですね。ちなみに場所はどのあたりで働いていらっしゃいましたか?」

高田さん「有楽町にある会計事務所で、簿記と秘書の資格を取って3年間勤めました。

もっと仕事の幅を拡げてステップアップもしたいと思って、転職を相談していた方から、
バックオフィスを募集している大手町のスタートアップの会社の採用面接につなげていただいたんです。

すぐに面接してくれた方と意気投合し、その場で採用いただきました。
そこでは総務・労務・経理・広報・採用と広く業務を経験して、現在は、採用と広報裏方のアシスタントをメインでやっています。」

添田「その会社にずっとお勤めしていらっしゃるのですか?」

高田さん「はい。入社から4年経ちました。」


【結婚を機に熱海市に移住し、会社員を主としつつ、移住先のPRやバレトンインストラクターも並行するパラレルキャリアを実現。自分らしいライフキャリアを進む】

仕事も愛猫たちと一緒に

高田さん「熱海に移住してからも会社員としてテレワークを行い、地域に馴染むようコワーキングスペースにも顔を出してみました。思いもかけず人脈が広がり、地元意識が高まりました。

一方、軽い趣味でYouTubeを始めたら、チャンネル登録とか視聴回数も想像以上に伸びて、今は登録者数4.5万人ぐらいになっているのが驚きです。

そこから 地元のPRになる!
と頼りにしてもらえることが増えてきました。

又、その他の趣味で、自宅を建築士の夫がDIYでどんどん変えていっている様子を含めて動画をアップしています。

不思議なことに、又もや熱海の街づくりをしている会社とも仕事をさせていただくことも増えてきました。

熱海が抱える高齢化や人口減少などの社会課題を解決に取り組んでいる会社で、もしかして私の新しい得意分野かなと気づき始めたところです。

あと仕事としてはもう一つ、熱海市内にオープンしたフィットネスジムで何かできないかな?と思って、(本当はバレエを教えたかったのですが、)バレエだと敷居が高いのでバレエとヨガとフィットネスを組み合わせたエクササイズ「バレトン」の資格を取って教えています。

いつかはバレエをゆるく教えられたらいいなと思っているので、熱海でもっと仕事を広げて行きたいと考えています。」

添田「素敵ですね。でも、熱海でも高齢化が進んでいるんですね。」

高田さん「あまり若い人を見かけないですね。見掛けてもだいたい観光客か地元の小学生が登下校の時に歩いているぐらいです。」

添田「それを考えると、やっぱりビジネスチャンスはありそうですね。若い人が観光に来る街であれば、観光客向けに何か思いつくことが同世代だからこそあるかもしれませんし。」

高田さん「そうですね、遊びに来た時にちょっと何か一緒にできるような。」

添田「そういうものがあるといいですよね。熱海に観光に来てくれる人が増えれば地元の人の仕事が増えて雇用も生まれるし、若い人が移住することもあるかもしれない。

話を戻しますと、高田さん、都内で経験したことを持って、それで熱海で色々取り組んでいてすごいですね。思い切って移住されたのもすごいですよ。」

高田さん「本人たちからするとそこまで思い切ったことをしている感じはしないんですが、でも確かに、珍しいし思い切ったことはしていると思います。」

添田「移住するといえば、例えば親御さんが住んでいるから、などの理由はよく聞きますが、全くそういう理由が無く移住するというのはチャレンジャーですね。」

高田さん「そうですね。なんとなく熱海に可能性を感じて、チャンスがあると思ったんです。」

添田「役所の方とつながって町おこしをされているのでしょうか。」

高田さん「街づくりをしている会社がありまして、シャッター街だったところにどんどんお店を入れたり、コワーキングスペースを運営したりしているのです。先にお話ししました、コワーキングスペースに私が入会して会員になったことでつながりました。

私の年齢が、ちょうど熱海への移住者として増えて欲しい年代ということと、東京でスタートアップ企業での仕事も経験しているということで一緒に仕事をさせていただくようになりました。
移住については行政主導で行われていますが、民間の力も相まって変えていければいいなと思っています。」

添田「それでYouTubeで配信ですね」

高田さん「そうです。YouTubeで熱海のいいところを発信して、若い人を増えたら良いなって。」

添田「いろんなサービスが出来そうですよね。バレエダンサーからいつの間にか、移住支援者になりつつあるっていうね。」

高田さん「不思議ですよね。」

添田「実際に今の人生は楽しいでしょうか?」

高田さん「楽しいです。ちゃんと自分で選択してどういう生き方をしたいのかを考えて行動して、今こうなっているのがすごく楽しいですね。」


【キャリアチェンジ後の人生に役立っているバレエ経験】

添田「今のキャリアで、バレエで培ったものが今に活かされていることは何かありますか?」

高田さん「くじけない、粘り強さみたいなものはあるかもしれないですね。
あとは、バレエをやっていたことについて悪い印象を持たれることは一切ないですよ。

プラスにしか働かない。それはいろんな会社を経験してきて共通して思うことですね。」

添田「それは採用面接で、ということでしょうか。」

高田さん「面接でもそうですし、やっぱり熱海の街で出会う人やお店で声をかけて下さる方がいるのですが、自己紹介をすると、まあ、バレエやっていたの?教えて教えてとか言ってくださいます。

だからやっていてよかった。お母さん、お父さんありがとうって思います。」

添田「なるほど、それはいいお話ですね。皆さん悩まれるじゃないですか。いつかはキャリアチェンジをしなきゃいけないときは来るものですしね。」

高田さん「バレエやっていたんだ、じゃあ体力があるね、って言われますね。笑」

添田「なるほど!これから尚更、楽しみですね。」

高田さん「はい。まだ人生変わっていくだろうなって言う感じもしますね。」

添田「そのチャレンジ精神はバレエをやっているときからだと思うのですが、やはり培われてきましたか?」

高田さん「バレエを辞めるという決断が今までの人生で 一番大きかったので、
それができれば何でもできるような気持ちになりました。

本当に辞める決断は辛くて、私と言えばバレエ以外にないと見られていると思っていたので……。」

添田「ずっと続けてきたバレエを辞めるって、勇気がいりますね。」

高田さん「でも辞めてみたら、周りはそんなことは全然気にしていなくて、あれだけ長い間やっていたものを辞めるという決断ができたなら、何も怖いものはないように思います。」

添田「よく思い切って決断されましたね。運命ですね、本当に。」

高田さん「そうですね。」

添田「見ていてすごくキラキラされているのが伝わってきますよ。」

素晴らしい経験となったバレエ団時代


【バレエダンサーを目指している方、そして今バレエダンサーとして活躍している方へ】

添田「これからバレエダンサーになりたい方や、今バレエダンサーをしている後輩たちに向けて何かメッセージはありますか?」

高田さん「バレエの経験は他には替えられないものですし、いずれバレエを辞める決断をする時が来たとしても、全く不安に思うことはなくて、そこからまた第二の新しい人生が始まるので、大丈夫だよって伝えたいですね。本当に、色んな道があるから行動してやってみてと伝えたいです。」

添田「素敵ですね!今日は貴重なお時間とお話を、ありがとうございました。」

高田さん「ありがとうございます。話を聞いていただいて頭の中の整理ができました。」


【編集後記】

親子のメンタルコーチ®として、高田さんのインタビューによせて少しコメントします。

これからバレエダンサーを目指している方、今現在バレエダンサーとして活躍している方も、遅かれ早かれ、いつかはキャリアチェンジをする時期が訪れることと思います。

バレエダンサーになるための技術を磨き、プロとなってもなお夢と目標に向かって日々研鑽を重ねてきた道のりは、時に大変なことがあっても充実していたことでしょう。

専門職としてのバレエダンサーの道を歩み続けることも素敵ですが、高田さんのように、思わぬところでキャリアチェンジを考えるタイミングが来るかも知れません。
また、どんなことでもすべてが計画通りに行くとは限らず、動きながら変化していく場合もあるでしょう。

高田さんが活き活きとした今を歩まれているように、ご自身で納得して選んで未来を切り拓こうと思えば活躍の道はあるものだと思います。

表舞台に立つ仕事だけでなく、裏方に回る仕事においても、バレエで培ってきた体力・精神力はきっと活きるはずです。

ご本人はもとより、共にバレエダンサーとしての道のりを支えてきた親御さんも、思い入れが強くお子さんのキャリアチェンジのサポートに戸惑われることがあるかもしれません。

ですが、これから先お子さんがどのようなキャリアチェンジをされるとしても、必ずご本人が未来をつかみ取りバレエ経験を活かして社会で活躍される日が来るはずです。

変わらずに、温かい視線を向けていただけると嬉しく思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回のインタビュー【その一人のキャリアインタビュー】もお楽しみに!

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